溺れた我が子を助けるためには 


トピックス  河川等での溺水事故の際、救助できる自信はありますか?

 去る5月14日、独立行政法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)が横須賀本部を一般公開しました。この一般公開は毎年実施されているそうで、海洋調査船の公開など様々なイベントも企画されています。今年のイベントの一つに、「溺れた我が子を助けるためには」という実演講座がありました。今回のトピックスは、この講座を副所長の西江が拝聴してきた内容をまとめて、みなさんにお伝えしたいと思います。

 講演者は、千葉県船橋市消防局員の皆様(右の写真)。横須賀市と船橋市は、万が一災害が発生した場合、お互いに緊急援助をするという協力体制にあるそうです。また、JAMSTECは全国の消防局員などを対象に潜水技術研修を行っていることもあり、そこに参加した船橋市消防局員のみなさんが、今回は横須賀市のイベントにわざわざ千葉県船橋市からいらっしゃったのだそうです。

* JAMSTEC 横須賀本部 一般公開 については、毎年ホームページで告知があるそうです。来年は、このような講座をさらにパワーアップさせて実施するとのこと、4月くらいにホームページをチェックしてみましょう。入場も参加も無料、予約や申し込み等の必要もありません。
JAMSTEC ホームページこちら




●子どもの溺水事故、意外に多いのは「救助者の溺水」
 これからの季節、家族で海や河川などに出かける機会も増える中、毎年必ずと言っていいほど、溺水事故のニュースを耳にします。そして意外に多いのは、その二次災害。つまり救助に向かった大人までも、溺死してしまうというケースです。そこで今回の講座では、「溺水現場では、なぜ救助者が犠牲になるケースが多いのか」ということに着目し、着衣泳法での救助がテーマとなりました。

 まず、事前に行われた「着衣泳法による救出実験」の結果をもとに、船橋市東消防署の救助係長である倉田さんから説明がありました。左の写真はその様子です。このテーマの内容を期待して、非常にたくさんの家族連れが集まっていました。

着衣泳法で問題となるのは、救助者の泳力

  この実験の被験者は、消防や警察(機動隊)の現役水難救助隊員(23〜44歳)、26名。実験方法は、深さ1.5mのプールサイドから、約11mの場所に溺者に見立てた小柄な男性をTシャツと短パン姿で立位の状態で浮かせ、その後、合図と共にプールサイドから着衣のままの救助者が飛び込み、溺者にたどり着くまでの時間と、溺者を救助し、プールサイドにたどり着くまでの時間を計る、というものでした。
尚、着衣は以下の4種類です。

1.上半身裸で海水パンツ 
2.
Tシャツに短パン 
3.
TシャツにGパン 
4.
Tシャツにジャージのズボン

 
この実験の結果、最も早い者と最も遅い者の差は出ましたが、着衣の種類によるタイムの差はさほどみられなかったそうです。つまり、救出に要する時間の差は着衣が原因ではなく、それぞれの泳力による差であるというわけです。
 ですから、救助者自らが溺れてしまう原因の多くは、自身の泳力の優劣を省みずに救助に向かってしまうということなのではないかということです。

●どうしても助けたい!・・・それが親心。
 いくら泳力に自信がなくても、目の前で子どもが溺れていたら、すぐに飛び込んで助けてあげたい!というのが親心だと思います。しかし、本当に助けたいのであれば、落ち着いて、確実に救助できるような方法をとりましょう。また、いかに泳力が優れていても、泳ぐ距離が長引いたり、流れが強かったり水に浸かる時間が長引くような場合には、着衣の影響も無視できなくなることが予想されます。

 そこで、救助に向かう場合は、以下のことに注意をして下さい。

1.まずは、周囲の人たちに助けを求めること。
 たった一人で救助に向かうことは非常に危険です。必ず協力者を探して下さい。そして、できる限り誰も入水せずに救助する方法を考えて下さい。そのためには、ロープ、*ペットボトル、竹、棒など、あらゆる器具を用いて、複数で救助活動する方法がベストでしょう。それでもどうしても救助できないと判断した場合は、できるだけ泳ぎに自信のある方が入水して救助に向かうことになりますが、その際も、救助を見守る人、岸で器具や手を差し伸べる人、警察や消防署に通報する人など、複数の応援が必要不可欠です。中でも「救助を見守る人」というのは意外に重要で、周囲の目の多くが溺者に向いてしまうため、救助者の行動を監視する目が疎かになりがちです。そのため、救助者が溺れかけた場合でさえ、周囲の人たちに気づかれるのが遅くなってしまうことがあるので注意して下さい。

* 海や河川で遊ぶ時には、浮き輪代わりにもなるペットボトルを準備しておくとよいでしょう。溺者に投げる時は、少量の水を入れておくと相手に届きやすくなります。また、ポリ袋も浮き輪代わりになるので、ポケットに入れておくと便利です。(参考資料:子どもを犯罪・事故から守る安心マニュアル 子どもの危険回避研究所 編)

2.泳いで救助に向かう場合も、冷静に準備を整えてから
 テレビドラマなどで溺れる子どもを助けるために、咄嗟に飛び込むシーンなどがありますが、これは非常に危険な行動です。まず、泳力の妨げになるような長袖や厚手の上着、靴は脱ぎ捨てて下さい。そしてできる限り浮力になる物(浮き輪、ペットボトル、膨らませたビニール袋、竹など)を持って救助に向かいます。長いロープが手近にある場合は、一方の端を協力者に保持してもらうか、木などにくくりつけ、もう一方の端は救助者の身体(腰のあたり)にくくるようにすると、さらに危険度を低くすることができます。

3.足から飛び込み、溺者から目を離さない
 海や河川などはプールと違って、足場も悪く、水に流れもあるので、競泳などと同じように頭から飛び込むことは危険です。飛び込む際にバランスを崩してしまうと、側頭部を強く水面に打ちつけてしまい、鼓膜穿孔(鼓膜に穴があいた状態)による平衡感覚異常を起こす危険性があります。このような状態に陥ると、いかに有能な泳者であっても、極めて危険な状態となってしまうでしょう。
 また、溺者から目を離さないようにしたいという理由もあり、飛び込む際は顔を上げたまま腕を体の前でクロスさせ、足から飛び込む方がより安全です。この飛び込みを「順下入水(じゅんかにゅうすい)」と言います。(右の写真)

4.溺者に対して正面から向かわない
 必死で助けを求めている溺者は一心不乱に救助者にしがみつこうとしてくることがあります。溺者に抱きつかれてしまうと、救助者は思い通りの行動ができなくなってしまい、危険です。ですから溺者に近づく際には、決して正面から向かわないで下さい。また、手で水をかきながら足を前に伸ばした形(防御体制)で近づくようにすると、しがみつかれることを防御することができます。
 もし、溺者に片腕をつかまれてしまった場合は、もう片方の腕で、つかまれてしまった方の腕を自分側に引き上げるようにすると、ふりきることができます。(左の写真を参照して下さい。向かって左側が溺者、右側が救助者です。)

 仮に抱きつかれてしまった場合は、一度自分が潜って溺者から逃れ、溺者の後方に回り込んで、抱きかかえるようにしてください。また、潜水しなければならない状況の場合は、耳抜きも忘れないようにしましょう。

5.流れに逆らわないこと
 救助者は溺者を救助する際、流れに逆らってでも、岸に対して最短コースをとろうとする傾向がありますが、このような場合には疲労度が大きくなります。また、かえって長い時間水に浸かっていることになりかねず、低体温症になってしまう可能性もあります。ですから、少し遠回りになりそうな気がしても、流れに逆らわないようにして岸に向かいます。
 この際、「離岸流」にも注意しましょう。離岸流とは、「波浪」によって生じる流れの一種で、海岸付近の水中にいる人間を一気に沖に連れ去ってしまいます。詳しい解説は、こちらをご参照下さい。
長岡技術科学大学、水工学研究室 「離岸流について」

 また、疲労度を軽減させる救助泳法は右の写真の通りです。溺者のアゴを持ちながら(チンプル)、胸を片手で抱えたような格好で泳ぐクロスチェストキャリー、もしくは髪の毛をひっぱりながら泳ぐヘアキャリーという方法があるそうです。どちらの場合も、溺者にしがみつかれることなく、安全に岸まで泳いでいける体勢になっています。

6.溺者を陸に引き上げたら、応急手当をして医療機関へ
 溺者を陸に引き上げたら、必要な処置をしましょう。意識もなく、呼吸もしていないようであれば、心肺蘇生法(人工呼吸・心臓マッサージ)を行わなければなりません。意識はなくても呼吸をしているようであれば、吐物等による窒息を防ぐため、傷病者が回復体位(下あごを前に出し、両肘を曲げ、上側の膝を約90度曲げて、傷病者が後ろに倒れないようにする)にさせます。心肺蘇生法や回復体位についての詳細は、以下のサイトを参照して下さい。また、各地域の消防署等で講習も行われているので、問い合わせて、ぜひ参加してみてほしいと思います。
 もしも溺者に意識がある場合でも、肺の中に水が浸入していることも少なくないので、速やかに医療機関に搬送して下さい。

総務省 消防庁 応急手当の基礎知識や、心肺蘇生の手順などが詳しく解説されています。
生活密着情報

プールにおける救急処置標示板 をご存知ですか?

 心肺蘇生法をイラストでわかりやすく説明している標示板です。プールサイドに設置しておけば、万が一の際に素早い処置ができ、救急処置の講習などにも利用できます。
 この標示板を制作している「サン工芸株式会社」と「徳田印刷株式会社」は、数年前、児童の死亡水難事故が発生した時に、地域の校長先生方から依頼を受けて、プールサイドに設置する心肺蘇生の標示板を制作し、それが先生や保護者の方に大変喜ばれ、全国各地へ波及致しているのだそうです。そこで現在では、子どもを守るために必要な様々な標示板の制作を手がけ、2005年5月17日に危機管理.comというサイトもオープンしています。

子どもの危険回避研究所より、メッセージ

 今回は、「もしも目の前で子どもが溺れてしまったら?」というテーマで講演を聞くことができ、とても参考になりました。しかし、本当はこのような場面に遭遇しないことがベストです。そのためには、以下のことを参考にアウトドアを楽しむようにして下さい。

河原や海岸、急な斜面の下は危険なので、こういった場所にテントを張るのはやめましょう。
悪天候であるにも関わらず、水辺に出かけるのは非常に危険です。
   目的地の天候を確認し、悪天候が予想される場合は中止する勇気も必要です。
ボートやカヌーに乗る時は、救命胴衣を必ず着用しましょう。
水辺では、低体温症になる可能性があります。
   真夏でもその危険があるので、子どもの唇が紫色になったりしたら、
   すぐに温かい飲み物を飲ませることができるよう、準備しておきましょう。

(参考資料:子どもを犯罪・事故から守る安心マニュアル 子どもの危険回避研究所 編)